今回も高次元エクスパンダーに関する記事となります。前回の記事では単体複体の局所エクスパンダー性を定義し、Oppenheimのトリクルダウン定理を紹介しました。今回の記事ではその応用として以下の前回の記事でも紹介した以下の系を証明したいと思います。
系2.
マトロイド(V,\mathcal{F})は局所0-エクスパンダーである。
軽く定義を復習しましょう。考えるマトロイドをX=(V,\mathcal{F})とし、そのランクをdとします。したがってX(d-2)は要素数d-2の独立集合の全体です。独立集合\sigma\in X(d-2)を一つ固定し、そのリンクX_\sigmaの1-スケルトンG_\sigmaを考えます。このグラフG_\sigma=(V\setminus \sigma,E)は次で与えられます:
\{u,v\}\in V \iff \sigma\cup \{u,v\} \in \mathcal{F}.
G_\sigma上の単純ランダムウォーク(隣人を一様ランダムに選んで遷移するランダムウォーク)の遷移確率行列をP_\sigmaとし、\lambda_2(P_\sigma)をその2番目に大きい固有値とします。
マトロイドの基の交換を繰り返せば任意の二つの基の間を行き来することができます(詳細は例えばこちらのページの定理1を参照)。同様の議論により、マトロイドはトリクルダウン定理の条件(1-スケルトングラフの連結性)を満たし、トリクルダウン定理の系1より、\mu_{d-2} = \max_{\sigma\in X(d-2)}\lambda_2(P_\sigma)\leq 0を示せば冒頭の系2が得られます。
マトロイドに対するG_\sigmaはどのようなグラフなのでしょうか。実は非常に特徴的な構造を持つことがわかります:
補題1.
任意の\sigma\in X(d-2)に対してG_\sigmaの補グラフの全ての連結成分はクリークである。
証明:
G_\sigma=(W,E)とします。\{u,v\},\{v,w\}\not\in Eならば\{u,w\}\not\in Eを背理法を使って示します。まず\{u,w\}\in Eを仮定します。G_\sigmaの定義よりS_1:=\sigma\cup \{u,w\}\in \mathcal{F}です。また、vはG_\sigmaの頂点なのでS_2:=\sigma\cup\{v\}\in\mathcal{F}も成り立ちます。S_1,S_2に対して独立集合族の公理を適用するとS_2\cup \{u\}\in \mathcal{F}またはS_2\cup \{w\}\in\mathcal{F}の少なくとも一方が成り立ちます。しかしこれは\{u,v\},\{v,w\}\not\in Eに矛盾します。
(証明終)
G_\sigmaの補グラフの各連結成分をC_1,\dots,C_\ell\subseteq Vとします。C_1,\dots,C_\ellは、補グラフにおける孤立点(次数0の頂点)に対応する連結成分も含みます (例えばC_1=\{v_1\}にもなりえるということです)。各C_iの指示ベクトルをv_iとして全ての要素が1の行列をJとすると、G_\sigmaの隣接行列Aは
\begin{align*} A = J - \sum_{i=1}^\ell v_iv_i^\top\end{align*}
と表せます。したがってCauchyのinterlacing定理より\lambda_2(A)\leq 0を得ます。
定理 (Cauchyのinterlacing定理).
対称行列A\in\mathbb{R}^{n\times n}の固有値を\alpha_1\geq \dots \geq \alpha_nとする。ベクトルv\in\mathbb{R}^nに対し、行列A-vv^{\top}の固有値を\beta_1\geq \dots \geq \beta_nとする。このとき
\alpha_1 \geq \beta_1 \geq \dots \geq \alpha_n \geq \beta_n.
特に, \lambda_2(A-vv^{\top})\leq \lambda_2(A).
さて、G_\sigmaの次数行列Dと隣接行列Aを用いてP_\sigma=D^{-1}Aと表せます。さらに\lambda_2(A)\leq 0です。また、\lambda_2(P_\sigma)=\lambda_2(D^{-1/2}AD^{-1/2})およびSylvesterの慣性法則によりD^{-1/2}AD^{-1/2}とAの正の固有値の個数は一致するため、\lambda_2(P_\sigma)\leq 0を得ます。
定理 (Sylvesterの慣性法則)
対称行列A\in\mathbb{R}^{n\times n}と正則行列Sに対して、AとSAS^\topの①正の固有値の個数、②負の固有値の個数、③ゼロ固有値の個数は全て一致する。