0. 概要
条件付き確率は確率論における重要な概念あり, マルチンゲールを定義するために不可欠です. 従って測度論的確率論を勉強していくと必ずこの概念に出会いますが, その理解は非常に難解(気持ちが分かりにくい)で, 一つの大きな壁であるといえます. 本記事は
- 測度論的確率論を勉強してみたけど条件付き期待値のキモチがいまいち分からない.
- なんとなく言葉は知ってるけどちゃんとした定義はよく知らない.
本記事では古典的確率論における条件付き期待値から出発して測度論的確率論における条件付き期待値を「導出」していきます. 以前の記事で少しだけ条件付き期待値について書いてあるので, 理解の助けになるかもしれません.
1. 古典的確率論における条件付き期待値
条件付き期待値とは, \mathrm{E}[X|\mathcal{G}]で表されるスカラー値です. 古典的確率論においては条件付き確率を定義してから条件付き期待値を定義します. つまりA,Bをそれぞれ事象として, \mathrm{Pr}(A|B)=\mathrm{Pr}(A\cap B)/\mathrm{Pr}(B)と定義した後に, 条件付き期待値を

と定義します. つまり古典的確率論では条件付き期待値は確率変数と事象の組に対してスカラー値を割り当てる関数と見なしていて, \mathrm{E}[X|B]は(確率変数, 事象)の組を受け取ってスカラー値を返す関数になるわけです. しかし, 測度論的確率論における条件付き期待値は全然異なっています.
2. 確率変数としての条件付き期待値
測度論的確率論では確率空間を(\Omega,\mathcal{F},P)の三つ組として定義し, 事象とは\mathcal{F}の元であると考えます. また, 確率変数は\Omega\to\mathbb{R}の関数であると考えます. 測度論的確率論ではまず条件付き期待値を定義してから条件付き確率を定義するので, 古典的確率論とは定義の順番が逆になります. そこでまず, 条件付き期待値を定義してみることにします.
\mathcal{B}=\{B_1,\ldots,B_K\}を\Omegaの分割とします. つまり各B_i\subseteq \Omegaであり, しかもB_i\cap B_j=\emptyset (for i\neq j) かつ\bigcup_{i=1}^K B_i=\Omegaを仮定します. 確率変数Xと\Omegaの分割\mathcal{B}に対し, 確率変数Y:\Omega\to\mathbb{R}を

とします. (Fig.1) ここで\mathrm{E}[X|B_i]は(古典的な意味での)条件付き期待値だと思ってください. 結論から言うとこのYが条件付き期待値みたいなものになっていて, 気持ちとしてはY=\mathrm{E}[X|\mathcal{B}]になります.
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FIg.1: Yの定義 |
イメージとしては, Yは確率変数Xを, 分割\mathcal{B}の下で出来るだけ近似しています. Yは各分割B_i内の二つの要素が区別出来ないという制約の下で出来るだけXっぽい確率変数になっています. なので, より細かい分割に対して同じようにYを考えると, 関数としてはより「細かい」ものになっていきます. つまり分割\mathcal{B}'を分割\mathcal{B}より細かいもの(FIg.2 参照)とすると, \mathrm{E}[X|\mathcal{B}']は\mathrm{E}[X|\mathcal{B}]よりもより良い近似になっていることが分かります.
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Fig.2: \mathcal{B}よりも\mathcal{B}'の方が細かい分割になっている. |
さらに, Y(\omega)をB_i内で積分すると(直感的な議論だと思って読んでください)
つまり, \int_{B_i}YdP=\int_{B_i}XdP という関係が成り立ちます(この関係が重要です).
3. 測度論的確率論における条件付き期待値の定義
測度論的確率論では事象とは\sigma-集合体の要素です. また, 前まではdisjointな事象の集まりを考えていましたが, ここでは部分\sigma-集合族について考えます.
確率変数Xと部分\sigma-集合体\mathcal{G}\subseteq \mathcal{F}に対して, 条件付き期待値Y=E[X|\mathcal{G}]は\Omega\to\mathbb{R}は確率変数であり, 以下の条件を満たすものと定義します:
- Yは\mathcal{G}-可測 (i.e. 任意のa\in \mathcal{R}に対して \{\omega \in \Omega\,:\,Y(\omega)<a\} \in \mathcal{G})
- 任意のA\in\mathcal{G}に対して, \int_A YdP = \int_A XdP.
条件2の気持ちは上の式で説明した通りです. 条件1は「近似」の制約の強さを規定しています. つまり「\mathcal{G}-可測である」という制約条件の中でXを近似したとき, もっともよく近似出来ている確率変数がY=\mathrm{E}[X|\mathcal{G}]であると解釈します. なぜ条件1が制約条件を表すのかについては以前の記事や後に出てくる例を見ると分かり易いと思うので, 後ほど取り上げます.
そもそも本当に条件1,2を満たすYが存在するのかについてですが, ラドン=ニコディムの定理からalmost everywhereの意味で一意に定まります.
ここではラドン=ニコディムの定理を用いず, 有限加法族\mathcal{G}に対して条件付き期待値Y=\mathrm{E}[X|\mathcal{G}]をちゃんと構成してみます. すると条件付き期待値について何か掴めるようになると思います. まず有限加法族\mathcal{G}\subseteq 2^{\Omega}に対し, 以前の記事で述べた\Omegaの「都合の良い」分割\mathcal{B}=\{B_1,\ldots,B_k\}をとってきます (存在性も証明してあります).
この\mathcal{B}に対して1節で考えたYを考えます. すると実はY=\mathrm{E}[X|\mathcal{G}]となることが示せます.
つまり, 有限加法族 \mathcal{G} に対しては条件付き期待値\mathrm{E}[X|\mathcal{G}]を1節で説明した方法によって具体的に構成することが出来るようになりました.
また, 条件付き確率\mathrm{Pr}(A|\mathcal{G})は, 事象Aの指示関数1_Aを用いて

と定義されます.
4. 例 (命題論理式)
SAT(充足可能性判定)問題では命題論理式がCNF形式で与えられます. このとき「充足されるクローズの個数が最大となるような」割り当てを求めるという最大化問題を考えることができます. 例として次の論理式\phiを考えます.
また, 各節(clause)C_jを

とおきます.
(x_1,x_2,x_3,x_4)にそれぞれ等確率に 0 or 1 を割り当てると,
\mathrm{Pr}(C_j が充足される)=1-(0.5)^3
となり, 確率変数 X を「充足された節の個数」と定義すると, \mathrm{E}[X]=3-3\cdot (0.5)^3=2.625 となるはずです. ここで確率空間 \Omega は \{0,1\}^3 で, \sigma -集合体 \mathcal{F} は 2^{\Omega} とします.
ここで, 4回の(公平なコインによる)コイントスによってx_1,x_2,x_3,x_4の割り当てがこの順にランダムに決まっていく過程を考えます.
・x_1の値が決定したとき:
(x_1,x_2,x_3,x_4)の割り当ては (x_1,*,*,*) となります(*はランダムビット). 従って事象としては\{(x_1,r_2,r_3,r_4)\,:\,r_2,r_3,r_4\in \{0,1\}\}\in \mathcal{F}が発生したことになります. そこでこの事象を含む最小の\sigma-集合体 \mathcal{G}_1 を考えます. \mathcal{G}_1は補集合で閉じていなければならないので
\mathcal{G}_1=\{ \emptyset, (0,*,*,*), (1,*,*,*), (*,*,*,*)=\Omega \}
となります. ここでY_1=\mathrm{E}[X|\mathcal{G}_1]を考えましょう. 3節で説明した方法により, 次のようにY_1を具体的に構成できます: \mathcal{G}_1の「都合の良い」分割として\mathcal{B}=\{(0,*,*,*),(1,*,*,*)\} をとります. これはちゃんと都合の良い分割になっています. ここで\mathrm{E}[X|(0,*,*,*)],\,\mathrm{E}[X|(1,*,*,*)]をそれぞれ計算してみます.
・x_1=0が定まったとき, 節C_3は確率1で充足されるので
\mathrm{E}[X|(0,*,*,*)]=2-2\cdot (0.5)^2+1=2.5
・x_1=1が定まったとき, 節C_1,C_2は確率1で充足されるので
\mathrm{E}[X|(1,*,*,*)]=2+(1-(0.5)^2)=2.75

となります. 当然のことながら, \mathrm{E}[Y_1]=0.5\times(2.5+2.75)=2.625=\mathrm{E}[X]となっています.
・x_1,x_2の値が決定したとき:
先ほどと同様の考察を続けます. \{(x_1,x_2,*,*)\}を含む最小の\sigma-集合体\mathcal{G}_2は,

となります ((0,*,*,*), (1,*,*,*)が含まれていることに注意). そして分割\mathcal{B}_2としては

をとれます. (古典的な意味での)条件付き期待値をそれぞれ計算してやると,

となるので,

ここで, \mathcal{G}_2は\mathcal{G}_1よりも「細かい」ものになっていることがわかります. この後コイントスを続けていくとより細かいσ-集合体が得られ, 対応する条件付き期待値もまたより細かい関数になっていくことがわかると思います. そして最終的に4つの変数の割り当てが決定すると\mathcal{G}_4=\mathcal{F}となり, Y_4=Xとなります.
このように, 「過程が進んでいくにつれて情報が決定していき, 対応する\sigma-加法族が細かくなっていく」ことが重要で, その列(\mathcal{G}_t)をフィルトレーションと呼びます.
5. まとめ
古典的確率論における条件付き期待値から出発し, これを測度論的確率論における条件付き期待値の概念に(有限加法族に限定して)拡張していきました.
更に, 命題論理式の例を用いて, 観測される事象に応じて\sigma-集合体が細かくなっていき(フィルトレーション), それに応じて条件付き期待値がどんどん近似として精度の良いものになっていくことを見ていきました.
これらの概念はマルチンゲールを学ぶ出発点となるので, よく理解しておくと良いと思います.
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