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2026年6月26日金曜日

STOC26参加記

STOC2026に参加して4日目にこれを書いている。開催場所はソルトレイキシティで、日本との時差は15時間ある。基本的には夜中の2時に目が覚めて、15時くらいからめちゃくちゃ眠くなる生活が続いている。今回はありがたいことに2本通って2回発表する機会を得たのだが、最後の二日間の夕方のセッションに割り当てられてしまった。一つ目の発表を終えた時点でこれを書いているのだが、発表直前は眠過ぎて寝坊しそうですごい不安で逆に眠れなかった。とりあえず印象的だった内容やその場での自分の思考を思い出しながらメモしているのだが、色々やるべきことを放棄して書いている。ただ、これを書くときに2年前のSTOC参加記を読みおこしているのだが自分で読み直すと意外と楽しいのでこういう参加記はなんとかしてでも残しておくと、未来の自分が楽しめるので頑張ろう(去年のSTOCはプラハですごく楽しかったのに参加記を失念していた)。

最初はワークショップ Algorithmic Frontiers of Graph and Hypergraph Problems via Global Queriesに参加した。まだ時差ボケじゃないので比較的元気な状態で聞けた。グラフ全体が入力として与えられるのではなく、グラフがカットオラクルで与えられる カットクエリモデル と呼ばれる設定で最小カットとかを計算するという話だった。カットオラクルとは、頂点部分集合 $S\subseteq V$ をクエリとして投げると $|E(S,\overline{S})|$ を教えてくれるオラクルで、出来るだけ少ないクエリで最小カットを解きたい。二人目の発表者Puttermanのトークでは、この問題設定の先駆的な結果 Rubinstein, Schramm, Weignberg (ITCS18) の解説をしていた。どうやらカットオラクルを使うと辺を一様ランダムにサンプリングすることができるらしく、これを使ってKargerをする感じらしい。サンプリング辞退は単純な再帰アルゴリズムでできる。ただ、質問したところ固定した頂点に対して接続する辺を一様ランダムにサンプリングできるらしい(?)ので、そもそも次数に比例する確率で頂点を選んでからその接続辺を一様ランダムに選べばもっと簡単にランダムサンプリングできるじゃんとは思った。適当な重みをつけた分布で辺をサンプリングすればカット疎化はできるらしいけどスペクトル疎化は重要な未解決問題らしい。質問したところランダムウォークはサンプリングできるからランダム全域木を何本かサンプリングしてunionをとればspectralを保存できるんじゃなかったっけと思って Kyng, Song, FOCS18 を確認したけど、leverage scoreで重みつけしなきゃらしく、この値の計算が難しそうなのでダメかと思った。あと、カットオラクルは隣接行列 $A$ に対して、二次形式オラクル $(u,v)\mapsto u^\top A v$ にオラクルアクセスできる下でグラフの情報を学習する感じなんだなと思ってたら次の発表者  Mukhopadhyay がまさにそんな感じのことを言ってて確かにそうみなすよなぁと思った。この辺から疲れてきて三つ目の発表はあまり集中できなかった。


ワークショップの終了後はbest paper sessionだった。特に記憶に残っているのは Chen, Chen, Cui, Pires, Stockwell だった。これはboolean function $f\colon\{0,1\}^n\to\{0,1\}$が単調増加関数 ($x\le y \text{ (entry-wise)} \Rightarrow f(x)\le f(y)$) に対する性質検査の結果で、nonadaptive testerではクエリ数の上界と下界は $\widetilde{\Theta}(\sqrt{n})$ であったのだが、nonadaptiveでも $\widetilde{\Omega}(\sqrt{n})$ 必要という下界を示した論文だった。証明はめちゃくちゃ難しそうだが、"monotone"から非常に遠い "anti dictator 関数 $d_i\colon x\mapsto \overline{x_i}$" が重要な役割を果たすらしい。入力全体を適切な手続きに従ってランダムに分割していき、各分割でランダムな $i\sim[n]$ を選び, $d_i$ を貼り合わせて得られる関数を考えるらしい。印象的なbest student paperの発表者はJack Stadeで、art gallaly problemがNPに属することを示す結果だった。平面上の多角形が与えられて、その全てを見渡すために配置すべき警備委員の人数を最小化する問題なのだが、警備員の座標が無理数になる問題例もあるため、NPに属するかはとても非自明な問題である。ところが、座標が無理数であっても適当な形の無理数になるらしく、それをうまく使って証明していた。全くわからなかったがある種の線形不等式系にNP witnessがあるみたいなことを言っててビックリした記憶がある。Stadeといえば最近の論文でETR (existential theory of real; クラスNPの実数版) に対するPCP定理を証明していた。基本的にはDinurのgap amplificationに則るのだが、実数上の誤り訂正符号でPCPP (assignment tester) を構成してアルファベット削減するというところがうまくいかなくて、それをmidpoint codeというBoolean cube上のHadamard codeでなんとかしているのが印象的だった。他にも, Junqiao (Randy) Lin による MIPco=coRE という論文の発表も面白かった。両辺のcoの意味はそれぞれ違っていて、かの有名なMIP*=REではmultiprover同士の相関にある種の制約を仮定するという問題設定を考えているのだが、MIPcoではそれをもっと緩くした (coはcommuteの意) ものを考えるらしい。coREではcoNPと同じ意味のco (complement) なのだが、タイトルの両辺の"co"が違う意味を持つのは面白い。ていうかfull versionが160ページ以上あって、しかも単著ってどういうこと...?


他には Amireddy, Behera, Srinivasan, Sudan, Willumsgaard によるPCPの新しい証明の話が面白かった。PCPのALMSSの証明やDinurの証明は「クエリ数を下げるがアルファベットが増える」「アルファベットを下げる」という二つの種類のPCP (またはPCPP) をめちゃくちゃ巧妙に合成 (composition) して証明するのだが、この論文の手法を使うと一度の合成でPCPを示せるらしい。基本的にはSATの変数や節のindexを二進数で表現したときに得られる $O(\log n)$-variable な関数をmultilinear extensionしてsumcheckとかをすることになる。sumcheckプロトコルではBoolean cube上でのlow-degree polynomialの総和を検証するプロトコルだが、Boolean cubeという構造を少し一般化した空間でもsumcheckみたいなことができるらしい。すごい興味があるので時間があれば読みたい。


この次に聞いたMax Hopkinsによる Dikstein, Hopkins, ,Pitassi, Impagliazzoの発表もめちゃくちゃ面白かった。個人的にはこれがbest paperだと思ってたのだが、去年がHDXだったしそういうのもあったのだろうか。ただ、やはり内容はすごいし応用も広そう。発表後に何度かMaxと話していたのだが、彼はHDXの人という認識だったのだがaverage-case complexityについてもよく知っていて、知識の幅というか守備範囲がひろすぎて感嘆した。


二日目のワークショップも再びグラフのワークショップに参加した。一人目はRobert Krauthgamerで、本とかでしか知らないレジェンドなのだがめちゃくちゃイケおじだった。内容としては、カット疎化に関して、シュタイナー点を許す新しいsparsifierを考えるという内容で面白かった。確か今回のSTOCではその新しいsparsifierに関する下界の結果があったような気がする。二人目はSanjieev Kannaで、彼の最近のマトロイドのブレイクスルーの結果 (FOCS25) とその後の進展 (ICALP26) に関する講演だった。独立オラクルでマトロイドの基を「できるだけ」nonadaptiveに探す問題を考える。普通に要素を一つずつ貪欲に追加していくと全てのqueryがそれ以前のqueryの応答に依存してしまうので、これはめちゃくちゃ適応的である。もうちょっとちゃんと述べると、ラウンド制のオラクルモデルを考える。第一ラウンドではアルゴリズムはクエリ $q^{(1)}_1,q^{(1)}_2,\dots,q^{(1)}_{L_1}$ を作成し、オラクルに投げる。その応答をもとに第二ラウンドでクエリ $q^{(2)}_1,\dots,q^{(2)}_{L_2}$ を作成してオラクルに投げる。さらにその応答をもとに次のラウンドでクエリを作成して... というのを繰り返し、最終的にできるだけ少ないラウンドでマトロイドの基を探してね、という問題である。ただし、一度のラウンドでありうる全てのクエリを投げると必ず1ラウンドで終わるので、基本的には多項式個のクエリを投げて全体で多項式時間で終了するという条件を設ける。貪欲法だと、多項式時間ではあるが、台集合サイズ $n$ に対して $n$ラウンド (各ラウンドで一個ずつクエリを作る)になってしまう。Karp, Upfal, Wigderson, 1988 は、一般のマトロイドに対して $O(n^{1/2})$ラウンドの上界と、$\Omega(n^{1/3}/\log^{1/3} n)$ という情報理論的な下界を示していて、去年のFOCSでKhannaらは $\widetilde{O}(n^{7/15})$ ラウンドの上界を与え、最近の論文 ではとうとう上界が $\widetilde{O}(n^{1/3})$ というnearly-tightな上界を与えた話をしていた。


また、Hair, Sahai によるSVPのdeterministic NP-hardnessの話も面白かった。中身はまったくわからないけどPCPを使ってうまくガジェットを作るらしい。


あと、PKEのworkshopも参加した。最初のSahaiのトークは、基本的にcryptosystemで用いられる困難性の仮定には色々あるが、それを破ることに意義のあるような"useful"なhardnessに基づくPKEを構築しましょうね、みたいな話だった。次のHairのトークはplanted "graph" conjectureに基づくPKEの構築の話をしていた。この問題は大雑把に言えば、固定したexpander graphがランダム二部グラフに含まれるかを判定せよ、という感じの問題であった。

2024年7月4日木曜日

STOC2日目以降の感想 (主にsunflower conjecture周り)

STOCが終わったので記憶が残っているうちに勢いに任せて前回に引き続きSTOC参加記(2日目〜5日目)を駆け足で書いていきます. 聴講して特に印象に残ったものについて記載しています. 勢いに任せて書いているのでテクニカルな内容はありません. ただし, sunflower lemmaの話については結構面白いと思ったので自分が理解した範囲で定義とかを書いていきます.

2日目


朝にLength-Constrained Expandersというワークショップに参加しました. 近年巷を騒がせているエクスパンダー分解や小直径分解という概念があるのですが, length-constrained expanderとはどちらの性質も同時に兼ね備えた分解を与える概念のようです. どちらの分解でも共通して頂点部分集合の分割$\mathcal{P}=(P_1,\dots,P_\ell)$であって, 各部分集合$P_i$のなる誘導部分グラフ$G[P_i]$が小直径または(Cheeger定数の意味で)エクスパンダーグラフとなるようなものを求めます. そして各$P_i$を縮約して得られるグラフに対して再帰的に分解を適用することによって, エクスパンダーからなる階層構造が得られます.


端的に言えば, 最悪時の問題例を分解によってエクスパンダー上で解くことに帰着するみたいなことをするようです. length-constrained expanderとは小直径分解とエクスパンダー分解両方の嬉しい性質を同時に達成するような分解らしいです.

2日目の午後は自分の発表を行いました. その次のセッションはランダムウォークなど確率解析のセッションでした. 時差ボケであまりちゃんと聞けなかったのですが最後の発表
が印象的でした. この論文ではランダム幾何グラフとErdős--Rényiグラフの識別問題に対してよく知られる計算量と情報理論のギャップ (computational-statistical gap) について議論しており, low-degree polynomialと呼ばれるアルゴリズムのクラスでは両者のギャップが埋まる, という話でした.

3日目


午後は誤り訂正符号のセッションに行きました. 近年のTCSでは3クエリのlocally correctable codeのレートに関する効率性の下界を, これまで知られていたものより指数的に改善したという論文
の発表がありました. これはTCSの符号界隈で非常に大きな話題になりました.

その次のセッションは
Complexity-Theoretic Implications of Multicalibration, (Sílvia Casacuberta, Cynthia Dwork, Salil Vadhan)
でした. この論文はarXivに出た瞬間から個人的に注目していた論文です. additive combinatoricsにおけるdense model theorem (Green-Taoの定理の証明で重要な役割を果たした定理), Impagliazzoのhardcore補題, そしてFrieze-Kannanの正則化補題がどれも同じような構成的証明を与えていることに着目して共通の一般化を与えたという論文があるのですが, この論文はそれをmulticalibrationの観点でさらに一般化したというものです. この論文もquanta magazineの記事で紹介されています.

4日目


Applications of Turán-type problems in Theoretical Computer Scienceというワークショップに参加しました. Turánの定理とは完全グラフ$K_r$を部分グラフとして含まないグラフのうち最も辺数が多いものは, 等分割された完全$(r-1)$部グラフであるという主張です. 例えば三角形を含まないグラフの中で最もデンスなのは完全二部グラフです.

この問題は次のような自然な設定で登場します:
$n$個の電池があり, そのうち$r$個のみが充電されていて他は全て充電が空なのですが, どれが充電されていてどれが空か分からないとします. 手元には懐中電灯があり, 充電されている電池を2個入れると光ります. $n$個の中から二つの電池を入れて試すという試行を何回か行って懐中電灯を光らせたいとき, 最も試行回数を少なくするにはどうすればよいか?

グラフの言葉に翻訳すると以下になります: $n$個の頂点があってサイズ$r$の独立点集合を含まないグラフのうち最も辺数が少ないものは何か? グラフを一つ固定したとき, 各辺は懐中電灯の一回の試行に対応します. このグラフがもしもサイズ$r$の独立点集合$I$を持つならば, この頂点部分集合$I$が「充電された電池」であったときにこの試行で懐中電灯を光らせることができません. この解となるグラフの補グラフをとるとTuránの定理の設定になります.

Turán-typeな問題とは, 固定されたグラフ$H$を含まないグラフの中で最も密なものは何かという極値グラフ理論の問題です. 例えば奇数長の閉路は完全二部グラフを考えれば辺数$\Omega(n^2)$を達成しますが, 四角形を含まない任意の$n$頂点グラフは辺数が$O(n^{1.5})$になります (こちらの記事で証明しています). 応用として, ワークショップではErdősの内周予想やそれの最近の進展について取り上げられていました. 特に興味深かったのは$H=C_8$のときは未解決であるということでした. つまり, 長さ$8$の閉路を含まない$n$頂点グラフのうち最大辺数を$\mathrm{ex}(n;C_8)$とすると現在知られている最善のバウンドが
\[
\Omega(n^{6/5}) \le \mathrm{ex}(n;C_8) \le O(n^{5/4})
\]
となっており, このギャップを埋めるのはこの分野の中心的な未解決問題らしいです.

5日目


前日に引き続きTuranのワークショップに参加しました. とあるpseudorandomnessを満たす部分集合族を使ってsunflower lemmaの改善を与えた論文の話がありました. 集合$S_1,\dots,S_r \subseteq [n]$は, 全ての$i\neq j$に対して$S_i \cap S_j = S_1 \cap \dots \cap S_r$を満たすとき, $r$-ひまわりと呼びます. 

$[n]$上の集合族$\mathcal{S}=\{S_1,\dots,S_m\}$は, ある$S_{i_1},\dots,S_{i_r}\in\mathcal{S}$が$r$-ひまわりをなすとき, $r$-ひまわりを含むといいます. $r$-ひまわりを含まない部分集合族$\mathcal{S}$であって最も多くの集合を持つものはどのようなものになるでしょうか?

定理 (Erdős-Rado, '60)
集合族$\mathcal{S}=\{S_1,\dots,S_m\}$が$|S_i|\le w$を満たすとする. もし$|\mathcal{S}| > w! \cdot (r-1)^w$を満たすならば, $\mathcal{S}$は必ず$r$-ひまわりを含む.

この$m$のバウンド$w!\cdot (r-1)^w$を漸近的に改善できるのではないか? というのがひまわり予想です.

予想 (Erdős-Rado, '60).
集合族$\mathcal{S}=\{S_1,\dots,S_m\}$が$|S_i|\le w$を満たすとする. 各$r \ge 3$に対してある定数$C>0$が存在して, $|\mathcal{S}|>C^w$を満たすならば, 集合族$\mathcal{S}$は必ず$r$-ひまわりを含む.

Alweiss, Lovett, Wu, and Zhang (STOC20) はErdős-Radoの定理のバウンドを改善し以下の定理を証明しました:

定理 (Alweiss, et al. (2021)).
集合族$\mathcal{S}=\{S_1,\dots,S_m\}$が$|S_i|\le w$を満たすとする.  各$r \ge 3$に対してある定数$C>0$が存在して, $|\mathcal{S}|>(Cr^3 \log w \log\log w)^w$を満たすならば, 集合族$\mathcal{S}$は必ず$r$-ひまわりを含む.

ワークショップではこの定理の証明の雰囲気が紹介されました. まず, 集合族$\mathcal{S}$の擬似ランダム性を以下で定義します:

定義.
$[n]$上の部分集合族$\mathcal{S}=\{S_1,\dots,S_m\}$が$|S_i|\le w$を満たすとする. この集合族$\mathcal{S}$は, 任意の$T\subseteq[n]$に対して
\begin{align*}
\Pr_{S \sim \mathcal{S}} [ S \supseteq T ] \le \kappa^{|T|}
\end{align*}
を満たすとき, $\kappa$-spreadという.

部分集合族$\mathcal{S}=\{S_1,\dots,S_m\}$および$T\subseteq[n]$に対し, $T$のリンク$\mathcal{S}_T$とは, 部分集合族であって,
\begin{align*}
\mathcal{S}_T = \{S\setminus T \colon T \subseteq S\in\mathcal{S} \}
\end{align*}
によって定まるものです. リンクの言葉を使うと, $\mathcal{S}$が$\kappa$-spreadであるというのは, 任意の$T$のリンク$\mathcal{S}_T$が
\begin{align*}
|\mathcal{S}_T| \ge \kappa^{-|T|}\cdot |\mathcal{S}|
\end{align*}
を満たすことを意味します ($\mathcal{S}_T$の要素数は$T$を含む$\mathcal{S}$に属す部分集合の個数に等しいから).

重要な観察として, もしもリンク$\mathcal{S}_T$が$r$-ひまわり$\{S'_1,\dots,S'_r\}$を含むとしましょう. すると, $S'_1\cup T, \dots, S'_r \cup T$は$\mathcal{S}$における$r$-ひまわりになっているはずです. すなわち, リンクをとった後にひまわりがあるならば元の集合族に復元することができます.

適切な$\kappa$を選びます. もしも今持っている集合族$\mathcal{S}$が$\kappa$-spreadでないとするならば, 定義よりある$T$が存在して$|\mathcal{S}_T| > \kappa^{|T|}\cdot |\mathcal{S}|$となります. このリンク$\mathcal{S}_T$に対してひまわりの存在性を言えば, $\mathcal{S}$がひまわりを持つことが示せます. これを再帰的に繰り返していくと, $\kappa$-spreadingな集合族に対して議論すれば良いことになります. Alweissらの貢献は$\kappa$-spreadingな集合族に対してはdisjointな部分集合$S_{i_1},\dots,S_{i_r}$がとってこれることを示したこと(らしい)です. disjointな部分集合族はひまわりをなすので, これで定理の主張が証明できたことになります.





2024年6月25日火曜日

STOC1日目の感想 (LLMの話とbest paper sessionのまとめ)

せっかくSTOCに参加しているので日記を書こうと思いたち, 勢いに任せて筆を進めています. 2日目以降は筆が乗らないかもしれません.

今回のSTOCは最初のワークショップではLLMなどのAI分野においてアルゴリズムの理論研究がどのように貢献できるのかという話をしていました. 以下に続く文章はそのWSを聞いて私が解釈したものですので, 内容の正確性は保証しません. あくまでも私が解釈したものなので, AIに関して何かを述べる際はこの記事を情報源にはしないでください.

例えば文章が途中まで与えられた「次の単語は何か?」を学習する際, まず単語ごとに区切りそれぞれの単語を高次元ベクトルに埋め込み (多分Word2Vecみたいな話), 次に出てくる単語の条件付き分布を推定するということをします. この条件付き分布は何らかの分布に従うと仮定しており, 通常はある高次元のパラメータ$\theta$を持ちます (例えば正規分布は平均と分散で二つのパラメータをもつ). 深層学習とはこの「何らかの分布」のテンプレートの一例にすぎず, そのテンプレの中で尤度関数を最適化するという作業に他なりません. 具体的には線形作用と成分毎の非線形作用を交互に組み合わせる分布を考えており, この線形作用の重みがパラメータに対応します. chatGPTとかをみるとあたかも魔法のようなことをしているように見えますが, 実際は次の単語の条件付き分布がある特定のテンプレに従うと仮定し, 与えられたデータセットに最も近いテンプレを見つけるにすぎません.

教師あり学習だと点とそのラベルの組があらかじめデータセットとして与えられ, 未知の点が当てられたときにその点のラベルは何かを推測するということを考えます. この問題点は高精度な推測をするためには多くのデータセットが必要になるという点です. しかしながら, 膨大な点とそれに対応するラベルの組を得るという作業は大変です.

ところが「次の単語は何か?」という問題の場合はインターネット上のデータ (wikiの記事など) から文を持ってくれば膨大なデータセットを容易に得ることができるので, 前段落の問題点は解消されます. あとはこの膨大なデータセットを用いていかに効率よく最適なパラメータを得るかというアルゴリズムのタスクが勝負になります. ここではスーパーコンピュータなどを用いて大規模な並列計算を行うことも視野に入れて「並列化しやすい」アルゴリズムを設計するみたいなことも視野に入れます.

ワークショップではdiffusion modelについての話も出ました. なんとなく「diffusion model」と聞くとたいそうに聞こえますが端的に言えば空間上のただのランダムウォークだと私は思っています. 例えば「子犬と遊ぶ子供」という文からそれに対応する画像を生成するタスクを考えてみましょう. このとき, 任意の画像全体の空間$\mathbb{R}^N$を考え, その上で点$x \in \mathbb{R}^N$に対し小さなランダムなノイズを加えるという操作を繰り返しましょう. $t$回繰り返して得られるベクトルを$x_t$とすると, 十分大きな$t$に対して$x_t$は標準正規分布$N(0,I)$に近いです. diffusion modelとはノイズを除去する過程のモデルであり, $x_t$が与えられたときの$x_{t-1}$の条件付き確率が平均$\mu_t(x_t,t)$, 分散$\sigma_t(x_t,t)$の正規分布に従うと仮定してこのパラメータを最適化するという作業に他なりません. このようにすることで「子犬と遊ぶ子供」という文から実際にそれを表現する画像をサンプリングすることができます. データセットは「子犬と遊ぶ子供」の画像からなります. このデータセットはまずネットサーフィングして画像と脚注の組を得ます. 次に脚注の文章を高次元に埋め込みます. この埋め込みは意味が似てる二つの文章は埋め込んだ後も何らかの意味で距離が近いものになっているとします. すると「子犬と遊ぶ子供」に対応する点に近い点に対応する脚注を持つ画像を抽出することで大量のデータセットを用意することができます (この辺は少し私の理解が曖昧なので不正確かもしれません).

ワークショップの二人目の発表はAtri Rudraでした. 彼はEssential Coding Theoryの著者の一人なので私の中では誤り訂正符号をやってる人というイメージだったので, このような分野で研究をされているというのは意外でした. 今日「Transformer」と呼ばれる技術を算術回路に落とし込み, 効率的な算術回路を提案することでより学習を効率的に行うという旨の話でした.

Transformerでは, まず与えられた文章を$N$個の単語に分解し, それぞれの単語を$d$次元ベクトルに埋め込みます. こうして得られた$N$個のベクトルを並べて得られる行列を$X \in \mathbb{R}^{N \times d}$ とします. 深層学習では各レイヤーで, $X$を$Nd$次元のベクトルとみなして$X_t \leftarrow \sigma (W_t X_{t-1})$という更新式に基づいて$X_T$を出力するときの行列$W_t$を最適化で求めるわけですが, TransformerのAttentionと呼ばれるプロセスでは
\[
X_t \leftarrow \sigma (Q_tX_{t-1}X_{t-1}^{\top} K_t)
\]
という更新式 (ここで$Q_t,K_t$は行列) を繰り返します (これが何でうまくいくかは分かりません). この$Q_t$と$K_t$がパラメータになっており, 学習ではこのパラメータを最適化します. あまりちゃんとわかっていませんがここでの行列がある種の対称性を持っていれば効率的に更新できるみたいな感じの話だと思います. ただしここでは行列への要請として対称性だけではなく, (勾配法の適用を念頭に)パラメータでの微分可能性も要請されていました (行列かけるだけだったら常に微分可能なんじゃないの?と思ったけどよくわからなかった). この辺の話では面白いことにSETH-hardnessの論文があったりするようです.

LLMのワークショップの後はbest paper sessionがありました. 今回のSTOCは3件のbest paperがあり, それぞれ

  • Single-Source Shortest Paths with Negative Real Weights in $\tilde{O}(mn^{8/9})$ Time, Jeremy Fineman.
  • Near Optimal Alphabet-Soundness Tradeoff PCPs, Dor Minzer and Kai Zhe Zheng.
  • Parameterized Inapproximability Hypothesis under Exponential Time Hypothesis, Venkatesan Guruswami, Bingkai Lin, Xuandi Ren, Yican Sun, Kewen Wu.
でした.

一つ目の論文は負辺持ちグラフ上の単一始点最短経路問題に対してBellman-Fordより速いアルゴリズムを提案するというものです. この問題は2022年のFOCSの論文で$\tilde{O}(m\cdot \mathrm{poly}\log W)$時間で解くアルゴリズム ($W$は最大絶対値重み) が提案されていましたが, このアルゴリズムは反復回数が$\mathrm{poly}\log W$に依存するためいわゆる「弱多項式」時間アルゴリズムです. 一方でこちらの論文は一反復の計算に$\tilde{O}(m n^{2/9})$時間かかる操作を$O(n^{2/3})$回繰り返すというものであり, いわゆる「強多項式」時間アルゴリズムです.

二つ目の論文はPCP定理のアルファベットサイズとsoundnessのトレードオフに関する論文です. PCP定理についてはこちらの記事で説明をしていますが, 「SATは確率的検証可能できる」ことを主張する定理です. SAT (より一般にクラスNPの問題) は, 入力がYesインスタンスのときにYesたりうる証拠たりうる文字列 (例えばSATなら充足割り当て) が存在しそれをみたときは受理し, Noインスタンスのときはどんな文字列が与えられても拒否する検証者(verifier)が存在します. 確率的検証とは証拠として与えられた文字列のうちランダムに選んだ$q=O(1)$個だけをみて受理/拒否を判定する検証を指します. 検証者の受理確率について, 入力がYesインスタンスならば確率$\approx 1$で受理し, Noインスタンスに対しては確率$\le \delta$で受理するものを考えます. ここのパラメータ$\delta$をsoundnessといいます. soundnessパラメータ$\delta$は小さければ小さいほどよいです.
PCPはそのアルファベットサイズ$|\Sigma|$を大きくすることによってクエリ数$q$を保ったままsoundnessを小さくしていく (Razのpararrel repetition) ことができますが, $|\Sigma|$と$\delta$の間のほぼ最適なトレードオフを見つけたというのが今回の論文の主張のようです.

三つ目の論文もPCP定理の改善の話で, パラメタ化計算量の文脈におけるPCP定理の話でした. PCP定理ではNPのwitnessを「符号化」して確率的検証できる証明に変換するのですが, この「符号化」で追加する冗長性をいかに短くできるかという文脈を考えます. パラメタ化計算量の文脈では考える入力のクラスを制限してより効率的なアルゴリズムを得るという研究をしますが, 一方でその困難性についてもいろいろわかってきており, 「NP困難性」に対応する概念として「W[1]困難性」という概念があります. 一般にW[1]困難な問題はFPT時間では解けないだろうと予想されており, 代表的な問題として$k$-クリーク問題があります. そしてW[1]困難な問題に対しても近似アルゴリズムを設計したり何らかの仮定の下での近似不可能性を示す研究もあります. この近似不可能性の文脈でよく出てくるのが PIH (parameterized inapproximatability hypothesis) という予想です. これはMAXSATのギャップ問題のようなパラメタ化問題がFPT時間で解けないという予想です. 今回の論文は指数時間仮説(ETH)の下でPIHが成り立つことを示しており, パラメタ化計算量における「PCP定理」を証明したという論文のようです. 普通のPCP定理の証明を考えるとNP証明を「符号化」するということを考えますが, この符号化によって対応するCSPのインスタンスのパラメタがめちゃくちゃになってしまうのが難しいポイントだと私は解釈しています. 代わりにW[1]困難な問題 vector CSPというものを考えるようです. 一般にNP証明からPCPに符号化する際のオーバーヘッドが定数倍で済むならば$\mathsf{ETH} \Rightarrow \mathsf{Gap}\text{-}\mathsf{ETH}\Rightarrow \mathsf{PIH}$が成り立つと思うのですが, このholy grailにはまだまだ遠いようです.

こうしてみるとbest paperのうち2/3はPCP定理なので今回はSymposium on Theory of pCp theorem (STOC) なのかもしれません.

best paper sessionの後はTCS4Allのイベントがありました. 本来ならばLuca Trevisanが話をする予定だったのですが残念なことに先週亡くなってしまったため, Pravesh KothariがLucaの作成したスライドに基づいてスペクトルグラフ理論の話をしていました. ほとんど知っている内容だったのですが改めて聞くとやはりLucaの偉大さが感じられる非常に素晴らしい内容でした.

coffee breakや懇親会ではいろんな人と話をしましたが, Yuhao Liとの雑談でTFNPにおけるPCP定理の話が興味深かったです (重要な未解決問題らしい). また, 私は加法的組合せ論に基づく平均時から最悪時への帰着が好きなので, その研究グループの一人のIgor Shinkarと話ができたのがとても良かったです. 大阪さんから聞いた遷移問題のPCPの話も面白かったです.

STOC26参加記

STOC2026に参加して4日目にこれを書いている。開催場所はソルトレイキシティで、日本との時差は15時間ある。基本的には夜中の2時に目が覚めて、15時くらいからめちゃくちゃ眠くなる生活が続いている。今回はありがたいことに2本通って2回発表する機会を得たのだが、最後の二日間の夕方...